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このサイトでは、「矛盾を考え疑問を解消し、ストレスフリーに生きる」事を目的に、運営者が見聞きして得た情報や体験から考察した結果を素直な感想を混ぜた読み物として皆さまに共有しています。あと推し活とかご縁があったコンテンツのPRとかしてる。ぜひ存在を知ってほしいし、機会があれば触れてみてあげてほしい。

矛盾に関してはなるべく中立な立場での執筆を心がけていますが、最終的な結論は運営者の倫理観に依っています。このサイトの情報からご自身で何かを判断・決断される際は、あくまで1人の人間の一意見と捉えるのが健全と思われます。

……かんたんに言うと、僕が見聞きして感じた「なぜ?どうして?」に対して、ただひたすら感想を言っているだけです。

( ˘ω˘ ){僕の考えだけに依存しないでね!
ぼくの ことば が わかりづらいな と おもったら、した の もじ を すこしかえて、chatGPT きいてみると わかりやすく してくれるかも。

「”ここに わかりづらかった もじ を いれる上記の文章を校正してください。表現は7歳の子供にもわかるように修正してください」

どこまで確保してあげれば優しい?

注意喚起などのいわゆる「楽しくはないお話」の時や、チャレンジ精神が求められる際の声かけなど、繊細な人が心に傷を作ってしまう場面は沢山ある。

もちろん、ルールがないような行為をする時には迷惑行為にならないよう色んなものに気を遣ってやった方がいいし、チャレンジは人生を豊かにするので、身の丈に合っていそうだなと感じたらどんどん挑戦していった方がいい。身の丈に合ってないけどチャレンジしたい場合は、一旦それを大きな目標(夢)として、そこへ繋がりそうな小さなチャレンジを繰り返すのも大切だと思う。

拗れてしまう原因は、大別すると主に3パターンあるのではないかと思った。

1.他者に対して己の信頼性を担保するための防衛反応

コミュニケーションを取る相手が様々な事情で「情報を能動的に集めて考察・推察・確認をする手段を有していない」場合、どんなにこちら側が積極的に自己開示していようと、こちらのブランドの信頼性は「自分と関わりがある他の人間の信頼性に依存する」と僕は思っている。

意識的であれ無意識的であれ、そこから想定される「巻き込まれ事故」を恐れて、その恐れから不安要素を無くす行動を取っているけれど、自他の気持ちをうまく推し量れなかった結果、回避行動が裏目に出て加害行為になってしまっているのかなと思った。

2.知識欲と、それにより得た情報ギャップへ対する拒絶反応

表層への出方は様々だが、機械的な表現をすると、生物の本能には「進化を続けるために必要な知識欲」がデフォルトで搭載されていると、個人的には思っている。その本能により、興味を持った対象の事は自分の中でコストが見合うと判断している限り追い続けてしまうものだと思うのだが、「未知との遭遇かつ理性が効かない場合」は衝動性が抑えられず徹底した非行や依存行動に走ってしまうのではないかと思った。その際、自分が想像していた結果とは違うものを得てしまい、ギャップに混乱して反射で拒絶反応を示してしまっているパターンもあるのではないか。自分の信じたものが間違っていたと認識した場合、純粋であればあるほど自分自身への不信にも繋がっていくので、自己防衛の文脈で衝動的にやってしまっている感じもある。

3.利他と利己のアンバランスによる清算衝動

「損得勘定で愛を扱うなんて」「人間関係への心の在り様はもっとプラトニックであるべき」という気持ちも無くはないが、ルールを無視してまで事を為してしまう時の心理で言えば、「自分が対等な生き物として扱われていない」が根本にある気がするし、その場合、先に「人間扱いを辞めた」のは先にルールを無視した人間である。尚、お互いの認識しているルールがズレている事が発覚した場合は、IQ・EQがそれなりに担保された中立な第三者を複数人交えて人権の判定をすり合わせる必要がある。

以上を踏まえて、心理的安全性を考える時に気をつけるべきは以下の三箇条ではないかと思った。カッとなって忘れてしまう事もあるかもしれないが、定期的に振り返って省みるようにしていきたい。

1.相手の命や生活の保証

「命までは取らない」を物理的な面だけでなく生活的な面でも保証してあげるのが良いのではないかと思う。これには逃げ得への注意も含まれる。権力に胡座をかいて逃げ得を得てはいけない。己を自主的に戒める必要があるので、人によってはこれが1番難易度が高いのではないかと思う。

2.整理された分かりやすい説明

人にはそれぞれ使用している言語や風習、個性の違いがあり、方向性や個体値の伸び具合も世間が思っている以上に差が激しいものの為、相手のパーソナルな情報を集めて、言語化が苦手な人はchatGPTなども活用しながら、相手の言語になるべく誠実な形で寄り添って伝えるというのが大事な気がする。

因みに僕はよほど慎重に事をなさねばならぬ事案以外はchatGPTを使わず自力で文章を組み上げている。日常生活を利用しての筋トレは大事だからだ。AIはあくまで補助輪であり、アシスタントであるからして、依存にならないような使い方をするに限る。権利問題も依然として残っているし、認知的に印象のクリーンさがない技術は壁打ちを超えた使い方をするのは危険だ。AIはまだ「使いこなせる人」と「全能感に飲まれてしまう人」の落差が激しい分野だし、今寄りかかるのであれば「調子に乗って人を轢き逃げたり強盗をした人間たちのツケ」も代わりに払わされることになる。自動運転機能を搭載したAT車のようなものなので、使うならば慎重さも必要だと思う。

3.適切な清算ラインの見極め

やられた事に対する怒りというのは溜飲が降りない限り永遠に続くが、適切なラインを超えて要求をすると今度は加害者になってしまう事も往々にしてある。自滅を防ぐ為には、何事も欲張りすぎてはいけない。「あいつを滅ぼしてやりたい」な気持ちが働くうちは自滅ルートを出ていないので、「喧嘩両成敗」のマインドで提案する清算のラインを設定するのが良いのではないかなと思った。清算ラインの正当性は流動的なので、清算をお願いする際の自分の素行にも細心の注意を払うべきである。勝とうなどと思った方が負けなのである。冷静に熱意をもって、構造的イーブンを狙うべし。

ここまで読んでくれて、アリガトな!

食べ物と同じように、摂取したコンテンツが同一でも、その人が受け取る感情は千差万別。
「あ〜、なんか共感できるな〜」「暇つぶしには丁度良かった」「面白かった!」「心に刺さった……」など思っていただけてたら幸いです。
色んな人に存在を知ってもらうという事が大切なので、もしよかったら「#じぇらーたるーぽ」「#gelatalupo」タグを付けて各種SNSなんかに共有したりして感想言ったり拡散してもらえると……嬉しいしありがたいなぁ……(((◜ω◝)))

「おもしれーゼラチン……飼ってやっても良いぜ……」という方はプロフィールから辿ってマンガを読んでいただくなりFANBOXかなにかでちょこっとご支援してもらえたら生きていられてかなりたすかる。うれしい。心からの感謝と「あなたも幸せにな〜れ!」の気持ちを飛ばしながらミリしらランバダを踊ります。

随筆:冷凍オオカミの独唱

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